東京高等裁判所 平成9年(行ケ)95号 判決 1998年2月05日
東京都中央区銀座8丁目4番17号
原告
株式会社 リクルート
同代表者代表取締役
位田尚隆
同訴訟代理人弁護士
末吉亙
同
三好豊
同
緒方延泰
同弁理士
瀬戸昭夫
同
成合清
東京都新宿区歌舞伎町2丁目38番5号
岡野ビル4F
被告
坂口裕康
同訴訟代理人弁護士
八掛俊彦
同弁理士
江崎光史
同
河原正子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第6682号事件について平成9年2月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、指定商品を旧第26類(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令1条別表)「双書、雑誌、新聞」とし、別紙(1)に表示のとおりの構成よりなる登録第2085351号商標(昭和60年9月12日出願、昭和63年10月26日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
被告は、平成3年4月2日原告を被請求人として、特許庁に対し、本件商標について無効審判を請求し、平成3年審判第6682号事件として審理された結果、平成9年2月14日、「登録第2085351号商標の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年4月7日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1) 本件商標の構成、指定商品、出願及び登録日時は前項記載のとおりである。
引用商標(登録第1726219号商標)は、別紙(2)に表示したとおりの構成よりなり、旧第26類(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令1条別表)「印刷物(書籍を除く)書画、彫刻、写真、これらの附属品」を指定商品として、昭和53年8月4日に登録出願、同59年10月31日に登録がなされたものである。
(2) 本件商標は、その構成別紙(1)のとおりであって、やや図案化された「FROM A TO Z」の欧文字と「フロムエーツーゼット」の片仮名文字を表してなるものである。そして、「from~to~」が「~から~まで」を意味する英語として一般に知られていることから、前記の文字よりなる本件商標は、「AからZまで」の意を理解させるものといわざるを得ない。
そうとすれば、本件商標は、「AからZまで」の観念を生ずるものと認められる。
(3) 引用商標は、その構成別紙(2)のとおり「A to Z」の文字よりなるものである。そして、運搬配達に関する「ドアツードア」(door to door)という語が「戸口から戸口まで」の意味合いをもって、普通に使用され、知られている実情があることからすると、「A to Z」の文字よりなる引用商標は、「AからZまで」の意を理解、認識させることの多いものとみるのが相当である。
そうとすれば、引用商標は、「AからZまで」の観念を生ずるものと認められる。
(4) してみれば、本件商標と引用商標とは、「AからZまで」の観念を共通にする観念上類似の商標であり、かつ、本件商標の指定商品は、引用商標の指定商品中に包含されている商品と認めることができる。
したがって、本件商標は、商標法4条1項8号に該当するか否かについて検討するまでもなく、同法4条1項11号に違反して登録されたものであり、同法46条1項の規定によりその登録は無効とすべきものである。
3 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)は争う。同(4)のうち、本件商標の指定商品が引用商標の指定商品中に包含されている商品であることは認めるが、その余は争う。
審決は、「運搬配達に関する「ドアツードア」(door to door)という語が「戸口から戸口まで」の意味合いをもって、普通に使用され、知られている実情があることからすると、「A to Z」の文字よりなる引用商標は、「AからZまで」の意を理解、認識させることの多いものとみるのが相当である。そうとすれば、引用商標は、「AからZまで」の観念を生ずるものと認められる。」(甲第1号証18頁5行ないし13行)と認定、判断しているが、誤りである。
(1) 本件商標の登録査定時(昭和63年5月30日)ころ、日本語の「ドアツードァ」は、「door to door」ではなく、「door-to-door」を語源としているものと一般的には理解されていたのであり、このことは、小学館辞典編集部「例文で読むカタカナ語の辞典第二版」(甲第2号証)及び旺文社「カタカナ語・略語辞典」(甲第3号証)により明らかである。
また、本件商標の登録査定当時、日本語において「ドアツードア」は、「戸別訪問による販売」「戸口から戸口への一貫配送方法」「戸口から戸口へ」「戸別訪問の販売員」「戸口直送配達」を意味していたのであり、このことは、上記甲各号証により明らかである。
以上によれば、本件商標の登録査定当時、運搬配達に関する「ドアツードア」(door to door)という語が「戸口から戸口まで」の意味合いをもって、普通に使用され、知られていた実情にはなく、せいぜい、運搬配達に関する「ドアツードア」(door-to-door)という語が「戸別訪問による販売」「戸口から戸口への一貫配送方法」「戸口から戸口へ」「戸別訪問の販売員」「戸口直送配達」という多様な意味合いをもって、普通に使用され、知られていた実情があるにすぎない。
したがって、「A to Z」の文字よりなる引用商標は、「AからZまで」の意を理解、認識させることの多いものとみるのは相当ではない。
(2) 本件商標を構成する「FROM A TO Z」の欧文字は、英語における「from~to~」が、「~から~まで」の意味を表す成語として義務教育である中学校で教えられていることから、「AからZまで」の意味を表現したものとして容易に把握されるものである。
これに対し、引用商標を構成する「A to Z」の欧文字は、英語における「to」が、「~まで」、「(~分)前」、「(接触)~に」、「(一致)~に合わせて」、「(対比)に対して」など多様な意味を表す語であるところから、これが「AからZまで」または「AにZ」もしくは「Aに合わせて」、もしくは「Aに対してB」などのうちどの意味を特定表現しようとしているかは一般世人にはただちに認識することがむずかしくなり、個々の具体的意味のうちどれを指すかということは認識のうえで後退することを考え合わせれば、むしろ、これに接する取引者・需要者は、これをあえてどの意味を特定表現しようとしているか詮索することなく、これを特定の意味を有しない言葉として把握するとみるのが自然である。
(3) 甲第4号証の1ないし5及び甲第5号証によれば、新聞記事データベースにおいて、「A to Z」をキーワードとして検索すると、167件の記事が検索され、これをまとめると、昭和63年1件、平成元年0件、平成2年39件、平成3年74件、平成4年41件、平成5年2件、平成6年3件、平成7年3件、平成8年3件となり、特に平成2年以降増加傾向にあることが分かる。
したがって、本件商標の登録査定当時のわが国において、「A to Z」という言葉はまだ慣用されていた事実はなく、「A to Z」の文字よりなる引用商標が、これに接する取引者・需要者に対し「AからZまで」の観念を想起させるとの判断には合理性がない。
もとより、「FROM A TO Z」の欧文字と「A to Z」の欧文字とは、互いに観念を同一にするものとして互換的に使用されているものではない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1、2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
審決に示された「ドアツードア」に関する判断は、「door to door」を前提とするものであり、わが国において、「ドアツードア」は「戸口から戸口へ」という意味合いで日常普通に使用されている。
「A」と「Z」の各文字が、アルファベット26文字の最初と最後であることは、義務教育を終えた程度の英語力で充分理解できることである。そして、前置詞というものは、その後に続く名詞やそれが使われている語句、文章によってその意味が確定されるのであるから、アルファベットの最初の「A」と最後の「Z」とを繋ぐ「to」が、「(~分)前」、「(接触)~に」、「(一致)~に合わせて」、「(対比)に対して」などと解釈される余地は皆無である。
そうであれば、「A to Z」の表記からは、「from A to Z」と同義の「AからZまで」の意味合いを瞬時に想起することは自明である。
上記のとおり、「ドアツードア」(door to door)という語が、「戸口から戸口へ」という意味合いもって普通に使用されている事実があること、及び、「A to Z」から「AからZまで」の観念が生じるものであることは明らかである。
したがって、審決の認定、判断は正当であって、何ら誤りはない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも(乙第2号証ないし乙第5号証、乙第9号証ないし乙第12号証、乙第13号証の1.2は原本の存在についても)当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の要点)の各事実、並びに、本件商標及び引用商標の各構成、指定商品、出願及び登録年月日が審決摘示のとおりであり、本件商標の指定商品が引用商標の指定商品中に包含されている商品であること、本件商標が「AからZまで」の観念を生ずるものであることについては、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 「ドア-ツー-ドア」(英語表記door-to-door)という用語の意味について、「例文で読むカタカナ語の辞典第二版」(平成6年4月1日第2版(初版は平成2年1月1日)株式会社小学館発行)(甲第2号証)では、「(「戸口から戸口まで」の意)1戸別訪問による販売。2戸口から戸口への一貫配送方法。」とされていること、「国際化時代のためのカタカナ語・略語辞典」(平成6年重版(初版は平成2年12月1日)株式会社旺文社発行)(甲第3号証)では、「戸口から戸口へ。戸別訪問の販売員。戸口直送配達。」とされていること、「コンサイスカタカナ語辞典」(平成7年12月20日第6刷(初版は平成6年9月10日)株式会社三省堂発行)(乙第18号証の1ないし4)では、「戸口から戸口までの意。個別配送など運送配達のためのきめ細かさを示す言葉。」とされていること、「現代用語の基礎知識1997」(平成9年1月1日自由国民社発行)(乙第19号証の1ないし3)では、「戸口から戸口へ。きめのこまかい運搬配達。」とされていること(英語表記は「door to door」とされている。)がそれぞれ認められる。
「ランダムハウス英和大辞典」(平成6年1月1日第2版(初版は昭和48年10月1日)株式会社小学館発行)(乙第1号証の1ないし5)には、「door」の語の用例中に「from door to door/door to door戸口から戸口まで、出発点から到達点まで」と、「from door to door」と「door to door」が同義のものとして記載されていることが認められる。
平成4年8月19日付け朝日新聞(乙第2号証)の記事中に「ドアツードアの便利さや車に比べた維持費の安さもポイントだ。」と、平成5年9月21日付け朝日新聞(乙第3号証)の記事中に「大手町の会社までドアツードアで三十分」と、同年10月20日付け朝日新聞(乙第4号証)の記事中に「会社への通勤には新幹線を使い、ドアツードアで二時間」と、「ドアツードア」の語がいずれも「戸口から戸口まで」の意味合いで用いられていることが認められる。
上記認定の各事実によれば、「ドアツードア」(「door-to-door」あるいは「door to door」)という用語は、第一義的には、「戸口から戸口まで」あるいは「戸口から戸口へ」という意味を有するものと認められるところ、上記認定に供した資料のうち、辞典類は平成6年以降に発行のものであり、新聞は平成4年以降に発行のものであって、いずれも本件商標の登録査定時(昭和63年5月30日)より後に発行されたものであるが、上記発行時以前に発行された英和辞典等において、「ドアツードア」(door-to-door)という用語について「戸口から戸口まで」の意であるとしたものが存在していたことは当裁判所に顕著な事実であること、一般日刊新聞の情報媒体としての性質上、その社会記事に用いられる用語は、読者において容易に理解できる程度に社会的に浸透したものであることが通常であると考えられることからすると、本件商標の登録査定当時において、「ドアツードア」(「door-to-door」あるいは「door to door」)という用語は、「戸口から戸口まで」という意味合いをもって普通に使用され、知られていたものと推認するのが相当である。
しかして、上記推認事実と、「A」と「Z」の各文字がアルファベット26文字の最初と最後のものであることは、少なくとも義務教育を終えた程度の英語力を有するものであれば知っているものと推認されることを併せ考えると、本件商標の登録査定当時において、「A to Z」の文字よりなる引用商標は、通常、「AからZまで」という意味に理解され、認識されるものと認めるのが相当である。
そうとすれば、引用商標は、「AからZまで」の観念を生ずるものと認められる。
(2) 原告は、本件商標の登録査定当時、運搬配達に関する「ドアツードア」(door to door)という語が、「戸口から戸口まで」の意味合いをもって、普通に使用され、知られていた実情はなく、せいぜい、運搬配達に関する「ドアツードア」(door-to-door)という語が、「戸別訪問による販売」「戸口から戸口への一貫配送方法」「戸口から戸口へ」「戸別訪問の販売員」「戸口直送配達」という多様な意味合いをもって、普通に使用され、知られていた実情があるにすぎず、したがって、「A to Z」の文字よりなる引用商標が、「AからZまで」の意を理解、認識させることの多いものとみるのは相当ではない旨、また、引用商標を構成する「A to Z」の欧文字は、英語における「to」が、「~まで」、「(~分)前」、「(接触)~に」、「(一致)~に合わせて」、「(対比)に対して」など多様な意味を表す語であるところから、これが「AからZまで」または「AにZ」もしくは「Aに合わせて」、もしくは「Aに対してB」などのうちどの意味を特定表現しようとしているかは一般世人にはただちに認識することがむずかしくなり、個々の具体的意味のうちどれを指すかということは認識のうえで後退することを考え合わせれば、むしろ、これに接する取引者・需要者は、これをあえてどの意味を特定表現しようとしているか詮索することなく、これを特定の意味を有しない言葉として把握するとみるのが自然である旨主張するが、上記(1)に認定、説示したところに照らしていずれも採用できない。
また、原告は、本件商標の登録査定当時のわが国において、「A to Z」という言葉はまだ慣用されていた事実がなく、「A to Z」の文字よりなる引用商標が、これに接する取引者・需要者に対し「AからZまで」の観念を想起させるとの判断には合理性がないし、「FROM A TO Z」の欧文字と「A to Z」の欧文字とは、互いに観念を同一にするものとして互換的に使用されているものでもない旨主張する。
甲第4号証の1ないし5(データベース検索一覧)及び甲第5号証(報告書)によれば、原告代理人末吉亙において、日経四紙、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞のデータベースの収録すべての記事を対象として、キーワード「A to Z」で検索したところ、昭和63年1件、平成元年0件、平成2年39件、平成3年74件、平成4年41件、平成5年2件、平成6年3件、平成7年3件、平成8年3件の検索結果を得たことが認められ、これによれば、「A to Z」という言葉は平成2年以降に特に用いられるようになったことが窺われる。
しかし、本件で問題になるのは、本件商標と引用商標とが「AからZまで」という観念を共通にする観念上類似の商標と認められるか否かということであって、「A to Z」という言葉が本件商標の登録査定当時において慣用されていたか否かということではない。
仮に、本件商標の登録査定当時において「A to Z」という言葉が慣用されていた事実が認められないとしても、上記当時すでに、「ドアツードア」(「door-to-door」あるいは「door to door」)という用語が、「戸口から戸口まで」という意味合いをもって普通に使用され、知られていたものと推認され、また、「A」と「Z」の各文字がアルファベット26文字の最初と最後のものであることは、少なくとも義務教育を終えた程度の英語力を有するものであれば知っているものと推認され、したがって、「A to Z」は、通常、「AからZまで」という意味に理解され、認識されるものと認められる以上、「A to Z」の文字よりなる引用商標に接する取引者・需要者に対し「AからZまで」の観念を想起させるものというべきである。
また、二つの商標が観念上類似するというためには、現実に両者が互換的に使用されていることまでが必要ではないことは明らかである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(3) 以上のとおりであって、本件商標と引用商標とは、「AからZまで」の観念を共通にする観念上類似の商標であるとした審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙
<省略>